2015.03.31渋谷系? 新宿系? コミュニケーションについて想うこと。


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↑最近お気に入りの新宿三丁目の居酒屋「まつ」の刺し盛り。
過剰な薬味がナイス(本文には関係あるような、ほぼないような)。

 

こんにちは。おっさんじゃないほうの小林奈巳です。

花見にはまだ行けていません。誰か行きましょう、ぜひ!

さて。

最近の私は、1月よりリニューアルしている、女子友達をつくる部活型コミュニティ「女子部JAPAN(・v・)」の活動において、タイトル通り女子会を開く日々なのですが、その際にコミュニケーションってなんじゃろな?といつも思うのですね。

で、先日のイベント時、当たり前なのかもしれませんが、部員さんといろいろと話しながら、「初めて会った同士、そして知り合いがいない場においては、やっぱり誰だって誰かに話しかけて欲しいよね」ってことで落ち着き……。

で、思い返してみれば、たまに異業種交流会的な場所にも行くのですが、何度行ってもドキドキしてしまうわけで、勇気を持って「こんにちは〜!」なんて、話しかけやすそうな人に話しかけてみるのです。なんとかなるけど、けっこう緊張します、毎度。

そんなときに、あぁ、自分たちでイベントやるときは、こっちからどしどし話しかけるのを鉄則にしよう、って強く思うのですが、そうは言えども私もやっぱり最初は緊張してしまうわけで、でも誰かがやらねば誰がやる!?という状況なので、毎度勇気を出して、おお〜!ってやっています。

でもそのあと、やってよかったなぁと必ず思うので、次も緊張しながらも勇気を出して「こんにちはー!」と声かけをしようと、これも毎度思います。

基本的にはみんな引っ込み思案なんですよ。いきなり華麗に人の心を掴むなんて、偉人か変人しかいないんじゃなかろうか、なんて思ったりもします。

だから探り探り。でも、そうしてちょっとでも通じ合えたときには、この上ない喜びがあるのは確か。

とまぁ、なんでこんなことをつらつらと書いてるかっていいますと、先週の木曜と金曜、2夜連続で対照的なコミュニケーションを体験しましたので、ちょっと考えてみたのです。

まずは渋谷系コミュニケーション(勝手に命名)。

「ぐるなび」の取材でライターさんに同行して、渋谷の「のんべえ横町」へ行きました。
小さくてオシャレなカウンターだけのお店で、お客さんのなかの東京生まれ渋谷育ち(HIPHOP育ちではなかった)の方の渋谷川の変遷についてなどの話を聞きながら盛り上がり、また別の隣にいた紳士にワインをごちそうしていただいたりと、ゆるゆると楽しい時を過ごしました。
2軒目、ライターさんとしっぽり飲もうかと入ったお店でも、先ほどの店にいた常連の方とばったり。その方の知り合いの常連さんも加わって、会社の新人さんについてのお悩みなんかをカウンターのみんなで考えたり、和気あいあい。そしてまたもやごちそうしていただいたり。
お店の料理や健康話、横町の噂など、会話も笑顔も尽きないひととき!

ヌード写真集で例えるなら、渋谷系コミュニケーションは宮沢りえの「Santa Fe」じゃなかろうか。
見てるこちらも(おそらくりえちゃんも)恥ずかしさなどみじんもなく、ただただ素晴らしい裸体にうっとりしつつ、微笑みながら眺める写真集みたいなね。ふわふわでさわやか〜!

なーんて思ったら……。

一方、新宿系コミュニケーション(勝手に命名)なんてモンもある。

渋谷の前の日、わたしは都恋堂の統括マネージャーO山くんとWeb会社の方と飲んでいたのです。
仕事の話に始まり、あれはもう深夜2時は過ぎていた。酔いもまわって気持ちもぐるぐるしてきた頃、O山マネに噛み付いた。

「あんたなんか△×◯△××*※、このヤロー!!!」

ひどい言葉。
もうかれこれ十数年。酔うとたいてい褒め合ったり、責め合ったり、なぐさめあったりしているのだけども、この日は私が一方的に責めた。しかもウン年前に終わってることをぶり返して。

やべ、言い過ぎた。

次の日、打合せに行きがてらメールを打った。

「ごめん。悪気はない。甘噛みだ。でも言い過ぎた」

メールしたけど返ってこない。噴火しとるのか? 沈んどるのか?

ちがうちがう、それは私が言いたかったことじゃなかったんだよー。
ちがうちがう、それここで言うことじゃなかったんだよー。

言い訳や説明を再びメールしようと思ったけど、やめた。メールじゃまどろっこしい。

会ったらきちんと謝ろう!と思ったのに機会を逃して今に至る。事後5日目の夕方なう!

ヌード写真集で例えるなら、新宿系コミュニケーションは、りえちゃんとは対照的に、会見で泣きじゃくっていた菅野美穂の「NUDITY」(と私は思う)。
嘘か真かわかりかねるが「女優として限界を感じていたので、一番やりたくない事をやろうと思った」のだそうだ。
できれば見せたくないような心も顔も体も、なんもかんも露にしちゃった写真集。土足で懐にズカズカズカ!

コミュニケーションの方法がどっちが良くてどっちが悪い、そういう話じゃない。
ただ、このコミュニケーションを取るということを私たちは一生やっていくということ。
当たり前だけど、人と向き合って生きていかなくてはいけない。
山にこもって隠居しない限り。

それが恥ずかしくて、穴があったら入りたい状況だとしても……。

って、それは今の私ですね。

というわけで、これからこの新宿で新宿系コミュニケーション基本のキ「素直にごめんね」を実施しようと思います。

修行は続く……。

2015.03.30春に想う。


春が好きです

 

東京でも桜が咲き、すっかり春の陽気になりましたね。

あっ、どうもです。おっさんの方の小林です。

 

ちょっとだけ早いと思いながら、先週の土曜日に自宅近くにある

桜の名所(と地元民は思っている)、石神井川沿いの遊歩道を、

ゆっくりと散策してきました。

 

土曜日時点の桜の様子が、こちら

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さすがに満開とはいきませんが、きれいな桜が咲いていました。

枝にぐっと寄った感じが、こちら

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なんと、樹の根元にも可憐な花が……。

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今、この原稿を書きながら不思議な気持ちでいます。

若い頃には、まさか自分が桜の花便り的な原稿を書くようになるとは

思いもよらなかったので。

夏ではなく、春が好きになるなんて思ってもいませんでした。

とにかく昔は夏が大好きで、夏以外の季節なんていらないと

考えていたぐらいだったのです。

そんな私が、春を待ち遠しく感じるようになったのは

たぶん、ここ10年ぐらいの話なのではないのかと思います。

 

何がきっかけだったのかは思い出せませんが、

ある日、北海道で過ごしていた小学生の頃の記憶、

ある一場面がフラッシュバックしたんです。

 

北海道の小学生は冬場、根雪が積もる前に自転車をピカピカに磨き、

チェーンなどに油を注し、物置きにしまいます。

中学、高校ともなれば、雪があろうが行ける所ならば自転車を利用しますが、

さすがに小学生は危険なので、自転車に乗るのを親に禁止されるのです。

 

今の小学生がどういう気持ちなのかは分かりませんが、

私が子供の頃、田舎で暮らす小学生にとって自転車は特別な存在でした。

最高の移動手段でもあるし、それ自体が遊び道具であり、

自由を与えてくれるアイテム……と言うのは大げさかもしれませんが。

 

だからこそ春が待ち遠しかった。1日も早く自転車に乗りたかった。

4月、入学式が近づく頃、徐々に根雪が解けて、地面に土が見え始める。

雪解け水をたっぷり含んだ土が、春の日射しを浴びて、白い湯気をたてる。

そうなると、いよいよ自転車が解禁となるわけです。

 

物置きから自転車を引っ張り出し、タイヤに空気を入れ、

ペダルを踏む足にぐっと力を入れて漕ぎ出した、あの一歩。

あの日の場面、高揚した想いが甦った瞬間、思い出したんです。

「ああ、春が好きだったんだな」と。

 

まあ、単に年をとったからなのかもしれませんけどね。

2015.03.28ことば?の力


写真

 

こんにちは。くればやしです。

写真は、僕の晩酌の常備つまみの剣先するめいかです。大きなものより小さなもの、赤みがかったものより白っぽいほうがやわらかくて甘みがあって好きです。1週間に3回くらいのペースで食べています。ピンぼけしていてすみません。今回の話には一切関係ありません。

 

さて、あんまりこういう話を書くもんじゃない(しかも会社のブログで)と思いますが、衝撃を受けて動揺した、だけどすぐにちょっと救われるような気になった、というできごとがあったのでその話をさせていただきます。

 

3月半ば、あるウェブサイトの仕事で、早朝から取材で出かけていた時のこと。

 

取材がスタートして間もなく、ズボンのポケットへ入れたままの携帯がブルブルと震えました。当然出るわけにはいかずそのままに。すると2、3分後にまたブルブル。画面をチェックすると、どうやら母親からの電話のようです。

 

いつもなら、こちらが出ないとメールで用事を伝えてくるのだけど、この日は立て続けに二度。

「何かあったのかな?」とちょっと気になり、取材と撮影の隙間時間にメールをしてみました。

 

「取材中なんだけど」

 

するとすかさず返信。

 

「お父さんが中指を切断しました。連絡遅くなったけど、一応言っておいたほうがいいと思って」

 

え?? 何? マジ? なんだその衝撃の話!

そのままメールで伝えると、今度は一行のみの返信。

 

「電話できたらよこして」

 

そりゃもう、電話したいですよ。でもこれから撮影。動揺を隠しながらも、なんとか切り替えて撮影に臨みました。

 

そうして撮影も無事終わり、次の取材先に向かう車中、やっと電話できる状態になったので、すかさず掛けると、すぐに出ました。

 

堰を切ったようにしゃべり始める母。

 

父親が中指を切断したこと。

その日は、姪っ子(妹の娘)の1才のお祝いをみんなでお祝いしようと予定していた日だったこと。

父が中指を切断することになったのは、電動の丸鋸の操作を誤ってしまったためらしいこと。

何をしよう(作ろう)としていたかはわからないこと(というかそれには興味がなくて聞いてないんだと思う)。

中指が切断されてしまったほか、人差し指も少し切れたこと。

事故の時間まで家には父しかいなかったが、ちょうど事故の瞬間に兄が帰ってきたということ。

兄は父を車に乗せ、自宅から数分のところにある消防署(救急車もいるため)に向かったこと。

救急車に乗せてくれ、父を病院まで連れて行ってくれたこと。

その間、兄は一度自宅に戻り、保険証やら何やらをもってから、父の搬送された病院へ向かったこと。

病院へは、切断された指も持っていったが、骨までギザギザに切れているので、くっつけることはできないと言われたこと。

父は処置を受けながらも、その日予定していた姪っ子のお祝いの時間を気にしていたということ。

 

 

指を切断する。どう考えても大ごとです。

電話を聞きながら、僕は、母や兄妹たちもさぞ動揺したのだろうと考えていました。

(当然、自分もかなり動揺しました)

 

 

そんなことを思っていると、ひと通り当日の出来事を話し終えた母は、突然、違う話題に切り替えてきました。

 

「そうそう、あんたのブログっていうの? 読んだよ」

 

へっ?

(いま、その話必要?)

 

「お兄ちゃんがさあ、インターネットで見つけたの。あんたお父さんのこと書いたでしょ」

 

あ、ああ、会社のブログね。書いたけど。

(いいじゃん、いまその話必要じゃないでしょ)

 

ここから数分、今度は僕のブログについてあれこれ話し、母は電話を切りました。

 

 

あー、びっくりした。なんなんだいったい。

電話が終わり、まだ少しびっくりしていたけれど、父の中指切断の話と同じように僕のブログの話をするから、なんだかそこまで大ごとではないような気もしてきて、少し救われたような気がしました(もしかしたら母が気を遣って、あまりビックリさせないようにそう話してくれたのかもしれませんが)。

 

 

ここでやっと、タイトルの「ことば?の力」について。

 

「切断」と聞くと、物騒な感じがします。だけども日々目にするニュースなどでこの言葉が出てきても、それほど動揺することはありません。でもこれが、自分がリアルにイメージできる対象にかかることばになると、これほどまでに衝撃を与えることばになるんだなと。

 

それに、そんな深刻な話を聞いた後、これはことばではないけれど、日常のたわいもない会話(今回の場合は僕のブログの話)をされると、その深刻さが薄れてくるんだなと。

 

 

誰が、そのことばを聞くのか(見る・読むのか)によって、そのことばのもつ力は変わってくる。

そして、そのことばに、違うことばを掛け合わせると、また違った意味や捉え方が生まれてくる。

 

 

とまあ、今回のショッキングな出来事で、そんなことを思いました。

 

それと、母や父、兄妹たちの、鈍感力(いい意味で)に感服いたしました。

「そんな大したことないらぁ」(「ら」は静岡の方言です)という声が聞こえてきそうです。

 

 

追伸、

父が指を切断してから、母が僕に連絡をよこしたのは1週間後(もっと早く連絡してよ!)。その間、二人の妹とは、それぞれラインと電話で連絡を取る機会がありました。二人とも、父の話にはまったく触れませんでした(教えてよ!)。

2015.03.26ネット検索と新宿ゴールデン街のお話


検索サジェスト

新宿ゴールデン街のバー「深夜+1」(シンヤプラスワン)へ一緒に行ったときのことを、都恋堂卒業生で後輩のさくらいよしえ(最新刊『今夜も孤独じゃないグルメ』)が、先週発売の某誌のコラムに書いていた。

深夜+1といえば、内藤陳先生。
(内藤陳先生は日本冒険小説協会会長・コメディアン・俳優・書評家。『読まずに死ねるか!』シリーズ著者。そして深夜+1オーナー。2011年12月逝去)

カウンター越しに陳先生は、いた。

内藤陳先生「眼鏡を外せ」
私「……やです」
陳「外せ」
私「やです」
陳「仮面かぶってるお前ら、ダブルファッキン!」

 

意固地な私は陳先生に何度も「やです」と言ってダブルファッキンを喰らって、最後、眼鏡を外した。
そして、涙をぽとりとこぼした。
そしたら陳先生は「いい、いいぞ!」と言ってくれた。

 

読んでいるうちに胸が詰まった。
……忘れてたけどコレ私だ。企画のリサーチでゴールデン街に初めて足を踏み入れた15年前のあの日あの夜、私、陳先生に眼鏡を外され、心のなんか余計なものも外された。
さくらい、そんとき横にいた。小林奈巳もいた。カウンターの端っこには、団鬼六先生が美女と座っていた。

そんで、店を出た後に、路地で立ち話したオカマのママたちに、別れ際、ジーパンの上から股間をシュッとなでられたんだ。
絶妙だった。ポイントの突き方も力加減も。

あの日あの夜を境に、ちょっと私のありようが変わった気がする。

 

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
という思いでさくらいに電話したら、「あ〜くりたさんお久しぶりですちょうど今穴があったら入りたくて布団にくるまって世間から隠れようとしてたんだけど困ったことに自分がいてどうしようかと思っていたところなんです顔もパンパンに腫れちゃってるんですよオーバさんとクレバヤシが同じこと言うんですはぁぁぁぁぁ」(以下略)
と、さくらいはさくらいの時間軸にいながら、「あの路地で会ったママ、亡くなったみたいですよ」と教えてくれた。

 

*    *    *    *

 

こういう種類の体験は、ゴールデン街はもちろん、世の中にあふれていると思う。

 

じゃあ、インターネットで、どうやったら類似体験をしている人たちからの情報をザクザク見つけられるのかしら。

 

そんな思いで、キーワード検索をしてみた。

 

みなさんご存知のように、Googleでは、ひとつキーワードを入れると、自動的に、よくコンビで検索されているほかのキーワードが検索窓の下のところに出てくる。
サジェスト機能とか呼ばれてるアレです。

Googleサジェストによると、ゴールデン街の場合「新宿 ゴールデン街 初心者」とか「ゴールデン街 初心者 オススメ」が、予測変換キーワード。

素直にサジェスト通りに検索かけた結果、1ページ目には、NAVERまとめの『初心者に捧げる「新宿ゴールデン街」の手引き とりあえず、ここ行っとこうか。』が。

 

……まぁそうですね。でもそういう話じゃない。

 

今度は「ゴールデン街」と、思いつくままにいろんなキーワードを打ち込んで複合検索をしてみると、こんな論調のページにたどり着く。

いわゆるコミュ系とか、質問サイト系のスレッドで
>ネットで知ろうとなんてしてないで、実際に足を運んだらいかがですか。

 

……そうですよね。でも身も蓋もないな。

 

検索は便利で、な〜んも知らないところから、机の前でも布団の中でも野次馬レベルのとっかかり情報をつかめるんだけど、イコール、検索者が本当に求めている情報かどうかは別の話。

検索と親和性が高くて、あとネットの温度感に合っているネタが見つかりやすい。

 

一方、何かネットに向かって広く発信しようとしたときに、検索というポピュラーな情報取得経路を無視すると、そのネタは存在しないも同然……陸の孤島になってしまう。

 

この狭間であがくのが、都恋堂のWEB編集者であり、執筆者です。企画者や運営者も。

 

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだ」。

『星の王子様』でキツネが言った有名な台詞。サジェストにも載ってます。

でもですよ王子様キツネ様、心で見たものごとに、今私は、私たちは、たとえば検索キーワード的にもイケてる言葉を当てはめたいんです。

無粋ですんません。浅はかですんません。

 

あぁ、このゴールデン街らしい体験に、タイトルをつけるとしたら、どんなタイトルをつけたらいいんだろう……。
やっぱゴールデン街って書籍向けネタだよね♪ってことで片づけたくなんか、ないんだよ。

 

な〜んて悶々としちゃった花冷えの1日でした。

くりたでした!

 

 

2015.03.26真冬の盆踊り『道後温泉まつり』に参加して思ったこと


こんにちは。変なメガネの小野です。

突然ですが、みなさん「盆踊り」についてどんなイメージがあるでしょうか?
イメージはない。
はい、そうかもしれませんが、ま。ちょっと考えていただきたい。
浴衣、夏祭り、うちわ……まあ、いろいろあるでしょうが、
やっぱり「夏」ですよね。盆踊りといえば夏のイベント。

いやいや、盆踊りって冬もやっているんですよ。
というわけで先日、冬の盆踊りに行ってきました。

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やってきました松山空港。
道後温泉で開催される「道後温泉まつり2015」にお邪魔しましたよ。
申し遅れましたが、私。無類の盆踊り好きでして、
夏場になると大抵土日は全国各地の盆踊り大会に出向き、
踊りまくるほどの踊りバカでございます。

02

お馴染みの道後温泉本館。
私は初めて訪れたのですが、壮観なたたずまいでした。
もちろん実際に湯にもつかって、ほっこり温まりました。

03

「道後温泉まつり」は3月末の数日間にわたって、
様々な催しが行われる道後温泉のフェスティバル。
ちなみに「道後温泉おどり」と「BON DANCE」は別モノ。
前者はこの地に古くからあるオールドスクールな盆踊りで、
「BON DANCE」は最近になって新しくつくられた創作盆踊り。

04

実は松山、盆踊りの祖といわれる「踊り念仏」を生み出した、
鎌倉中期の僧侶•一遍上人の生誕の地だそう。
残念ながら一遍さんが生まれたという宝厳寺は
2013年の火災で全焼してしまったようですが、
盆踊りの生みの親の故郷ということもあり、
道後温泉が盆踊りを「BON DANCE」という世界に発信する
ジャパニーズカルチャーとして盛り上げようとしているそうです。

実は今回、道後温泉まで遠征してまでこのイベントに参加したのも、
町おこしとしての「盆踊り」に興味を抱いたから。

05

夜になり、BON DANCEイベントがスタート!
可動式やぐらの上に乗ってマイクパフォーマンスをしているのは、
現代音頭作曲家の山中カメラさんというお方。
各地で盆踊りの作詞作曲を手がけているそうです。
音頭の名前は「道後湯玉音頭」!

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盆踊りの歌詞や振り付けはすべて道後温泉や
「一六タルト」で手をぐるぐる回したり、
「坊ちゃん泳いで怒られた」で手で水をかく動作をしたり、
松山を舞台にした夏目漱石の『坊ちゃん』にちなんだもの。

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商店街のなかを練り歩き、
最後は道後温泉本館の前で輪になって踊ります。
通りすがりの観光客も混じって大盛り上がりでした。

実は道後温泉の象徴である本館は、
2017年を目処に改修工事に入るそう。
完成は2024年を目指しているそうですが、
それまでの7年間、地元の人たちはいろいろ不安も抱えているそうです。
そんな背景もあり、去年の秋に完成したという「道後湯玉音頭」。
地元の人、パフォーマンスの人、観光客の人、
すべてが一体となって盛り上がっている様子は
なかなか感動的なものがありました。

※ ※ ※

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去年の夏頃から盆踊りのガイド本が出たり、
『あまちゃん』でお馴染みの音楽家・大友良英さんが
盆踊りのイベントを開催したり、
さらには2025年のお東京オリンピックに向け
都で「盆踊りを盆ダンスとして流行らそう」との声があがったりと、
実は秘かに盛り上がりつつある「盆踊り」(いや、本当ですって……)。

背景としては2011年の震災をきっかけに、
人々の間でつながりや絆を大切にしようという想いが
広がったことが盆踊り流行のきっかけとなっているようです。
盆踊りといえば、日本人なら誰もが親しみがあって、
一体感を味わえて、なにより楽しいですからね。

最初に私が盆踊りにハマった理由は、
「無心になって踊ることの楽しさ」だったのですが、
人と人とつなげる場としての「盆踊り」にも最近は興味が出て来ています。

まずは手始めとして、今年の夏、日頃お仕事でお世話になっている人も巻き込んで
「都恋堂音頭」なんて踊りたいっすねーーー!!!!!!
新宿の歩行者天国を貸し切って、踊りたい!
と、夢はますます広がっていきます。

※写真は道後で食べた「亀の手」という貝。本当に亀の手っぽい!

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