2015.03.28ことば?の力


写真

 

こんにちは。くればやしです。

写真は、僕の晩酌の常備つまみの剣先するめいかです。大きなものより小さなもの、赤みがかったものより白っぽいほうがやわらかくて甘みがあって好きです。1週間に3回くらいのペースで食べています。ピンぼけしていてすみません。今回の話には一切関係ありません。

 

さて、あんまりこういう話を書くもんじゃない(しかも会社のブログで)と思いますが、衝撃を受けて動揺した、だけどすぐにちょっと救われるような気になった、というできごとがあったのでその話をさせていただきます。

 

3月半ば、あるウェブサイトの仕事で、早朝から取材で出かけていた時のこと。

 

取材がスタートして間もなく、ズボンのポケットへ入れたままの携帯がブルブルと震えました。当然出るわけにはいかずそのままに。すると2、3分後にまたブルブル。画面をチェックすると、どうやら母親からの電話のようです。

 

いつもなら、こちらが出ないとメールで用事を伝えてくるのだけど、この日は立て続けに二度。

「何かあったのかな?」とちょっと気になり、取材と撮影の隙間時間にメールをしてみました。

 

「取材中なんだけど」

 

するとすかさず返信。

 

「お父さんが中指を切断しました。連絡遅くなったけど、一応言っておいたほうがいいと思って」

 

え?? 何? マジ? なんだその衝撃の話!

そのままメールで伝えると、今度は一行のみの返信。

 

「電話できたらよこして」

 

そりゃもう、電話したいですよ。でもこれから撮影。動揺を隠しながらも、なんとか切り替えて撮影に臨みました。

 

そうして撮影も無事終わり、次の取材先に向かう車中、やっと電話できる状態になったので、すかさず掛けると、すぐに出ました。

 

堰を切ったようにしゃべり始める母。

 

父親が中指を切断したこと。

その日は、姪っ子(妹の娘)の1才のお祝いをみんなでお祝いしようと予定していた日だったこと。

父が中指を切断することになったのは、電動の丸鋸の操作を誤ってしまったためらしいこと。

何をしよう(作ろう)としていたかはわからないこと(というかそれには興味がなくて聞いてないんだと思う)。

中指が切断されてしまったほか、人差し指も少し切れたこと。

事故の時間まで家には父しかいなかったが、ちょうど事故の瞬間に兄が帰ってきたということ。

兄は父を車に乗せ、自宅から数分のところにある消防署(救急車もいるため)に向かったこと。

救急車に乗せてくれ、父を病院まで連れて行ってくれたこと。

その間、兄は一度自宅に戻り、保険証やら何やらをもってから、父の搬送された病院へ向かったこと。

病院へは、切断された指も持っていったが、骨までギザギザに切れているので、くっつけることはできないと言われたこと。

父は処置を受けながらも、その日予定していた姪っ子のお祝いの時間を気にしていたということ。

 

 

指を切断する。どう考えても大ごとです。

電話を聞きながら、僕は、母や兄妹たちもさぞ動揺したのだろうと考えていました。

(当然、自分もかなり動揺しました)

 

 

そんなことを思っていると、ひと通り当日の出来事を話し終えた母は、突然、違う話題に切り替えてきました。

 

「そうそう、あんたのブログっていうの? 読んだよ」

 

へっ?

(いま、その話必要?)

 

「お兄ちゃんがさあ、インターネットで見つけたの。あんたお父さんのこと書いたでしょ」

 

あ、ああ、会社のブログね。書いたけど。

(いいじゃん、いまその話必要じゃないでしょ)

 

ここから数分、今度は僕のブログについてあれこれ話し、母は電話を切りました。

 

 

あー、びっくりした。なんなんだいったい。

電話が終わり、まだ少しびっくりしていたけれど、父の中指切断の話と同じように僕のブログの話をするから、なんだかそこまで大ごとではないような気もしてきて、少し救われたような気がしました(もしかしたら母が気を遣って、あまりビックリさせないようにそう話してくれたのかもしれませんが)。

 

 

ここでやっと、タイトルの「ことば?の力」について。

 

「切断」と聞くと、物騒な感じがします。だけども日々目にするニュースなどでこの言葉が出てきても、それほど動揺することはありません。でもこれが、自分がリアルにイメージできる対象にかかることばになると、これほどまでに衝撃を与えることばになるんだなと。

 

それに、そんな深刻な話を聞いた後、これはことばではないけれど、日常のたわいもない会話(今回の場合は僕のブログの話)をされると、その深刻さが薄れてくるんだなと。

 

 

誰が、そのことばを聞くのか(見る・読むのか)によって、そのことばのもつ力は変わってくる。

そして、そのことばに、違うことばを掛け合わせると、また違った意味や捉え方が生まれてくる。

 

 

とまあ、今回のショッキングな出来事で、そんなことを思いました。

 

それと、母や父、兄妹たちの、鈍感力(いい意味で)に感服いたしました。

「そんな大したことないらぁ」(「ら」は静岡の方言です)という声が聞こえてきそうです。

 

 

追伸、

父が指を切断してから、母が僕に連絡をよこしたのは1週間後(もっと早く連絡してよ!)。その間、二人の妹とは、それぞれラインと電話で連絡を取る機会がありました。二人とも、父の話にはまったく触れませんでした(教えてよ!)。

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